第三章 印の意味

 翌朝、誠一は自分の右手首に見覚えのない痣があることに気づいた。直径二センチほどの円形で、中に羽のような模様が刻まれている。洗っても消えなかった。
「それが印」とルアは言った。「守護者の印。三百年に一度、現れる」
「なぜ俺なんだ。もっとましな人間がいるだろう」
「守護者は、もっとも多くを失った者の中から選ばれる」
 誠一は黙った。
「失うことを恐れない者。もう失うものがないと思っている者。そういう人間だけが、地の底のものを見ることができる。傷ついていない人間には、その目が開かない」
 誠一は自分の右手首を見た。羽の痣が、朝の光の中でかすかに光っていた。
 その日の昼間、誠一は有休を取った。二十年分の有給が溜まっていた。一日も使わずにいたのだ。
 ルアを肩に乗せ、誠一は都内を歩いた。渋谷、新宿、上野。ルアは境界の場所を教えた。どこにでもある普通の交差点や、地下鉄の出口や、公園の木の根元。そういった場所に、薄く光る膜があった。誠一にだけ、それが見えた。
「傷ついているな」と誠一は上野の公園で言った。「境界が」
「三か所、すでに薄くなっている。夜になると、そこから何かが手を伸ばしてくる。まだ出てきてはいないが、もうすぐ」
「どうすれば直せる」
「守護者の手で触れると、少し戻る。でもそれだけじゃ間に合わない。羽を奪った者を倒さないと」
「その、羽を奪った者というのは?」
 ルアはしばらく間を置いた。
「人間だ」と彼女は言った。「人間の中に、地の底のものと契約した者がいる。守護鳥の羽を集めている。全部集めると、封印が解ける。その見返りに、その人間は何かを得る」
「何を?」
「……わからない。でも、強く望んでいる何かを」
 誠一はベンチに座り、空を見上げた。都会の空は狭い。ビルに切り取られ、灰色で、飛行機雲だけが白く引っかいていく。
「俺に、何ができる」と誠一は呟いた。
「守護者には、力がある」とルアは言った。「まだ開いていないけど。もうすぐ開く。あなたが、本気でこの都市を守ろうと思ったとき」