第五章 灰色の空へ

誠一には、あとで何をしたのかうまく説明できなかった。

 ただ、右手を伸ばした。それだけだ。光の柱のようなものが地面から立ち上り、黒い霧を押し返した。男の手から羽が散り、宙に舞い上がった。一枚一枚がルアの元へ戻っていく。

 男は膝をついた。泣いていた。

「息子に……会いたかっただけだ」

「知ってる」と誠一は言った。しゃがんで、男の肩に手を置いた。「俺にも、会えなくなった人がいる。でも、それでも生きてきた。あんたも生きていかないといけない」

 地下通路が静寂を取り戻した。

 亀裂は塞がった。境界が修復されていく光が、誠一の目には見えた。

 ルアが肩に降りてきた。翼が、完全に癒えていた。

「ありがとう、守護者」

「誠一でいい」と彼は言った。

「……誠一。あなたはこれから、ずっとこれをやっていくことになる」

「知ってる」

「怖くないの?」

 誠一は空を見上げた。地下通路の天井に、小さな採光窓があった。そこから見える夜空に、星が一つ光っていた。

「怖いよ」と彼は言った。「でも、久しぶりに腹が据わった気がする。俺みたいな、もう失うものがない男が、守れるものがあるなら。悪くない」

 ルアは翼を広げた。灰色の、夜明け前の空のような翼が、地下通路の薄明かりの中で光った。

「東京には、まだ守護鳥が十一羽いる。あなたの仲間だ」

「仲間、か」誠一は苦笑した。「五十三年生きて、初めてそういう言葉を聞いた気がする」

 誠一は上着のポケットに手を入れた。胃薬と、スマホと、定期券。五十三年分の、ごく普通の男の荷物。それを持ったまま、守護者は夜の都市へと歩き出した。

 東京の空の下で、今夜もビルの灯りが瞬いていた。